乳酸の効果と乳酸の語源

乳酸は筋肉で糖を代謝した時に発生する物質で、疲労の原因物質であると誤解されていた時期もありました。その乳酸について解説します。

乳酸の語源

乳酸はスウェーデンの化学者カール・ヴィルヘルム・シェーレが発見しました。彼は他にも酸素などの元素や有機酸、無機酸を発見したことでも有名です。シェーレは発酵した牛乳の中から一つの酸を単離し、Mjölksyra(スウェーデン語で乳酸)と名付けました。その後英語でlactic acid(乳酸)という慣用名で広く用いられるようになりました。つまり、乳酸の語源は牛乳です。

乳酸が疲労物質であるという誤り

乳酸は疲労物質ではありません。この情報は様々なメディアなどで広まってから久しいため、知っている人も多いと思いますが、もう一度解説します。

昔は乳酸と言えば疲労の代表的な物質のイメージがありましたが、実際はむしろ筋疲労を抑制する効果があることが分かっています。

まず筋疲労の原因は、何か一つに起因するわけではなく、複数の要因が重なって起きます。あえて挙げるとすれば次の4つです。

  • グリコーゲンの枯渇
  • カルシウムイオン濃度の低下
  • 活動電位の減退
  • 酸性化(アシドーシス)

詳しくは以下の記事をご参照ください。

さて、乳酸は筋疲労の直接の原因ではないわけですが、なぜ誤解が生まれたかというと、筋肉の疲労度合いと血中乳酸濃度にきれいな相関関係があったためです。

しかし、実際のところ相関関係があったのは乳酸から発生する水素イオンでした。乳酸は水溶液中で水素イオンを発生するため、酸性化アシドーシス)が起こり、筋疲労が起こると考えられます。アシドーシスを含め上記の4種類が筋疲労の原因である可能性があります。

あくまで一つの要因としてですが、疲労と乳酸の相関関係により反対派の意見は受け入れられず長らく乳酸にはネガティブなイメージが付いていました。

乳酸の効果

乳酸にはカリウムイオンが細胞外に漏出するのを防ぎ、筋疲労を抑制する効果があります1)

まず、筋肉は活動電位がなければ働かないわけですが、活動電位はイオンの偏りがあることで生まれます。具体的には細胞膜内にカリウムイオンが、細胞膜外にナトリウムイオンが偏在していますが、筋肉の収縮を繰り返すとカリウムイオンが漏れ出し活動電位が発生しにくくなります。

その際に乳酸がカリウムイオンの漏出を防ぎ、活動電位の減退を抑制し、筋疲労を抑制します。

乳酸について詳しく

ヒトの筋肉において使われるエネルギーの生産経路は大きくATP-CP系解糖系クエン酸回路の3種類に分けられますが、乳酸は解糖系の代謝によって生成されます。

ATP(adenosine triphosphate):アデノシン三リン酸。生体内エネルギー通貨とも称されエネルギーの貯蔵・放出を行う。エネルギーはリン酸結合に存在しておりリン酸を分離することでエネルギーを放出する。
CP (phospho creatine):クレアチンリン酸。脳細胞や筋細胞など大量にエネルギーを消費する細胞のエネルギー貯蔵物質であり、ATP濃度を調整する緩衝材でもある。ATPがなくなると直ちにリン酸を放出しATPを再合成できるため、筋肉において瞬発的で高強度な運動において使用されるが、エネルギー持続時間は8秒程度と短い。

解糖系はその名の通り糖を代謝しATP(エネルギー)を作り出し、ピルビン酸まで分解されます。ピルビン酸はその後、クエン酸回路にて分解されATPを生産します。しかし、高強度な運動などで糖の消費が増えると、ピルビン酸が増えクエン酸回路で処理できない分は一旦乳酸に還元されます。

乳酸への還元にはNADHの酸化が対応しており、乳酸を生成することで、NAD+を生成することができます。NAD+は解糖系の代謝においても必要な補酵素であり、通常は代謝速度の遅いクエン酸回路でも生成されますが、糖の消費が激しい時は生成が追い付かないため、ピルビン酸を乳酸に還元することで補います。高強度な運動が終わりクエン酸回路が優位になれば、今度は乳酸がピルビン酸に酸化され、20~25%がクエン酸回路で分解されATPを作り、残りはグリコーゲンに再合成されます。

NAD+ (nicotinamide adenine dinucleotide):ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド。脱水素酵素の補酵素。水素受容体。ビタミンB3のナイアシンから合成される。コエンザイムⅠ(CoⅠ)。補酵素Ⅰとも言い、リン酸が結合したNADP+は補酵素Ⅱ。NAD+の“+”はピリジン環の窒素が持つ電荷を表す。
NADH:同じくニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを指すが、酸化型であるNAD+を還元した、還元型である。水素原子と電子1個を受容している。

ここで酸素の有無で考えると、解糖系嫌気的(無酸素的)でクエン酸回路好気的(有酸素的)な経路です。よく教科書などでは酸素の供給が不足すると乳酸の生成が高まると書いてありますが、実際は酸素の多寡による影響は少なく、単純に糖の分解が進んだ時に乳酸の生成は高まります。つまり糖の分解が進む激しい無酸素運動をした時に乳酸の生成が高まるというただそれだけのことです。

ちなみに無酸素運動というのは無酸素的な代謝経路から得られるエネルギーを用いた運動のことであり、無酸素運動中も体内では心臓と血液により体中に酸素が送られており酸素がなくなることはありません(当たり前ですが)。何が言いたいのかというと、最終的に酸素が無ければ乳酸は分解できませんが、酸素があったとしても乳酸は生成されるということです。

参考文献

1)Nielsen, O. B., De Paoli, F., and Overgaard, K. (2001). “Protective effects of lactic acid on force production in rat skeletal muscle,” The Journal of Physiology, 536(Pt 1). 161–166.