抗菌の辞書的な意味は、「細菌の増殖を抑制すること」であり、日常会話でも近い意味で使用されていると思われる。抗菌加工製品ガイドライン(H11年5月通産省)においても「抗菌加工製品における抗菌とは当該製品の表面における細菌の増殖を抑制すること」と定義されている。
ここでは、抗菌の工業的な基準をとりあげて、抗菌方法の種類、抗菌の仕組みについて記述する。
目次
抗菌製品の種類
抗菌加工製品(SIAAマーク)
繊維製品(SEKマーク)
抗菌製品は抗菌加工製品と繊維製品に分けられる。分かりやすく言い換えれば、繊維以外の製品と繊維製品である。それぞれ認定機関は異なっており、以下のように分けられる。
抗菌加工製品
- 認定機関 :一般社団法人 抗菌製品技術協議会Society of Industrial Technology for Antimicrobial Articles(SIAA)
- 認定マーク:SIAAマーク
- 試験方法 :JIS Z 2801 (=ISO22196)、JIS R 1702など(菌やウィルスなどの対象物や抗菌方法によって様々)
- 試験場所 :JNLA取得の試験機関
- 認定基準 :試験によるが抗菌活性値≧2.0など
- 製品例 :家電製品、建材、塗料、バス・トイレ用品、キッチン用品、通信機器印刷物等
繊維製品
- 認定機関 :一般社団法人 繊維評価技術協議会Japan Textile Evaluation Technology Council(JTETC、旧SEK)
- 認定マーク:SEKマーク
- 試験方法 :JIS L 1902、JIS R 1702など(菌やウィルスなどの対象物や抗菌方法によって様々)
- 試験場所 :JNLA取得の試験機関
- 認定基準 :試験によるが抗菌活性値≧2.0など
- 製品例 :衣類、医療用ウェア等
用語
- 抗菌活性値 抗菌活性値=2.0とは菌数(増殖率)を比較した時に、菌数(増殖率)が1/100であることを示す。これは常用対数で表しているためであり、抗菌活性値=3.0であれば菌数(増殖率)は1/1000となる。すなわち数値が高いほど抗菌効果が高いことを表す。
- JNLAとは IAJapanによって運営されている産業標準化法試験事業者登録制度(Japan National Laboratory Accreditation System)のこと。
※IAJapanとはNITEの適合性認定分野を担当する認定センター(International Accreditation Japan)のこと。 ※NITEとは独立行政法人 製品評価技術基盤機構(National Institute of Technology and Evaluation)のこと。
具体的な試験方法と基準値
SIAAとSEKには、細菌だけでなくウィルスに強い抗菌製品や、カビに強い抗菌製品に対するマークもあり、当然ながら試験方法や基準値は異なる。しかし、ここにすべて記述することはできないため代表的な試験法「JIS L 1902(ISO 20743)」を基に説明する。
JIS L 1902は全部で12種類あるSEKマークのうち、抗菌防臭加工、制菌加工(一般用途)、制菌加工(特定用途)の3種類のマークの認定試験として使われている。
JIS L 1902には、「菌液吸収法」「トランスファー法」「菌転写法」「ハロー法」の4つの試験方法が存在する。当該製品の抗菌加工や使用環境、表面特性などを考慮し、適切な方法を選ぶ。今回は「菌液吸収法」が適している。
また、SEKマークの種類によって試験に使用する菌種が以下のように決まっている。
- 抗菌防臭加工:黄色ぶどう球菌
- 制菌加工(一般用途):黄色ぶどう球菌、肺炎杆菌、大腸菌、緑膿菌、モラクセラ菌
- 制菌加工(特定用途):黄色ぶどう球菌、肺炎杆菌、MRSA、大腸菌、緑膿菌、モラクセラ菌
は必須菌、 はオプション菌(オプション菌は、試験データの提出によりパンフレット等に記載できる菌である。)
まず、試験布と標準布それぞれに菌を接種し、18時間培養する。試験布と標準布それぞれの菌接種直後の菌数と18時間培養後の菌数を測定する。これらから以下の式により抗菌活性値Aが求められる。
抗菌活性値 A=F - G 標準布の増殖値 F=logCt - logC0 試験布の増殖値 G=logTt - logT0 logCt:18時間後の標準布の菌数の常用対数 logC0:接種直後の標準布の菌数の常用対数 logTt:18時間後の試験布の菌数の常用対数 logT0:接種直後の試験布の菌数の常用対数
抗菌効果の基準は以下の通りである。SEKマークを表示できるのはSEKマーク繊維製品認証基準を満たしたものだけであるが、参考基準値としてJIS L 1902自体にも定められている。
SEKマーク繊維製品認証基準 抗菌防臭加工 2.2≦A 制菌加工(一般用途)※一般家庭・食品業務用 F≦A 制菌加工(特定用途)※医療・介護用 F<A 抗菌効果基準値(JIS L 1902 表F.1より引用) 2.0≦A<3.0 効果が認められる。 3.0≦A 強い効果が認められる。
SEKの制菌加工に関しては、基準が定数ではなくF<Aと示されている。一見分かりにくいが、これは試験布の増殖値Gが負の値を取ることと同義である。つまり言い換えれば、試験布での菌数の減少が条件である。通常、菌を増殖させないことが抗菌の条件だが、これはさらに減少させるためより強い抗菌効果があることが分かる。そのため制菌加工(特定用途)として医療・介護分野でのみ使用されている。
繰り返しになるが、抗菌活性値=2.0とは菌数(増殖率)を比較した時に、菌数(増殖率)が1/100であることを示す。これは常用対数で表しているためであり、抗菌活性値=3.0であれば菌数(増殖率)は1/1000となる。ちなみに抗菌活性値=2.2なら菌数(増殖率)は1/158である。
また、他にも例外や条件、菌の測定法や培養法、器具、温度、数値の丸め方なども細かくJIS L 1902に規定されている。詳しくは以下のHPをご覧いただきたい。
JIS L 1902:2015 繊維製品の抗菌性試験方法及び抗菌効果 日本産業標準調査会:データベース検索-JIS検索(利用者登録必須) 繊維評価技術協議会ホームページのSEKマーク繊維製品認定基準(PDF)
抗菌剤/抗菌方法の種類
- 有機系 即効性に優れるが、抗菌持続性が低い。種類、作用が多岐にわたる。
- 無機系 銀、銅、亜鉛などを要因として発生する活性酸素あるいはイオンが、菌細胞と反応することで菌を殺す。抗菌持続性が高い。
- 光触媒 触媒として働くことで活性酸素を生成し、酸化力で菌を分解する。半永久的に使用可能。
- ナノ構造 超微細突起で菌の細胞膜を破ることで菌を死滅させる。安全性が高い。
有機系抗菌剤の「抗菌の仕組み」
一般的に有機系抗菌剤は、即効性が高いが持続性が低く、抗菌スペクトルが狭いものが多い。
また、有機系抗菌剤は化学合成系と天然物系に大別できる。化学合成系はコストパフォーマンスに優れ、天然物系は安全性が高いなど、それぞれに特徴がある。
有機系抗菌剤は水や有機溶媒に溶かし、対象物に噴霧や塗布することで使用する。天然物系に関しては、樹脂や繊維などに練りこまれた製品などもある。
化学合成系
化学合成系は種類が多く、微生物に対する作用ごとに以下のように分類できる。
- 微生物の生合成阻害
- フェノール系、ピリジン系、トリアジン系
- 微生物のエネルギー獲得系の阻害
- ニトリル系、チアゾール系
- 微生物のDNA、RNA、酵素等の損傷
- アルコール系、アルデヒド系、ジスルフィド系
- 微生物の細胞構造の破壊
- カルボン酸系、エステル系、エーテル系、四級アンモニウム塩系
天然物系
キトサン、カテキン、ヒノキチオールなどが知られている。
キトサンは酸性溶液中で陽イオン性を示すという、天然では珍しい特徴をもっており、菌の細胞壁の陰イオン性成分と結合するため細胞内物質が漏洩し菌を死なせる効果を持つ。
カテキンはフェノール(−OHが結合した芳香環)を多数持つポリフェノールであり、抗菌作用はじめ多くの機能性を持っている。しかし、抗菌作用に関しては菌の細胞膜を破壊するため菌が死ぬということは分かっているが詳細なメカニズムは解明されていない。
ヒノキチオールも詳細なメカニズムは解明されていないが、多くの生理作用や抗菌作用があることが分かっている。抗菌スペクトルが広いのが特徴である。
無機系抗菌剤の 「抗菌の仕組み」
一般的に無機系抗菌剤は、即効性が低いが持続性が高く、抗菌スペクトルが広いものが多い。また熱安定性が高いため、調理器具などにも用いられている。主に銀、銅、亜鉛、コバルト、ニッケルなどが抗菌剤として使われる。無機系抗菌剤は基本的に担体(金属、セラミックス、ゼオライト等)に保持させることで利用される。
金属によって菌が死滅する仕組みの基本的なものは、金属イオンによるものである。金属イオンは、タンパク質と結合しやすい特徴をもつことから、まず菌表面に結合し、その後内部に入り、タンパク質酵素のチオール基(-SH)などに反応することで代謝反応阻害を起こし、菌を死滅させる。
また、金属(主に銀)が触媒となり発生する活性酸素種による抗菌効果も報告されている。活性酸素種は、強い酸化力をもっているため、菌を酸化し、分解、変性し死滅させる。活性酸素種は後述する光触媒によっても発生する。
光触媒の 「抗菌の仕組み」
光触媒には酸化チタンや酸化タングステンなどがあるが、ほとんどの製品には酸化チタンが使用されており、壁やガラスなどの表面にコーティングされて使用される。酸化チタンは波長が380nm未満の光、つまり紫外線があたることでスーパーオキサイドアニオンとヒドロキシラジカルという非常に酸化力の強い物質を生成する。それらは菌や有機物などを強い酸化力で二酸化炭素や水に分解し無害化する。これが菌や汚れを防ぐ光触媒の仕組みである。
用語
- 触媒 化学反応の手助けをするが、反応の前後で自身は変化しない物質。
- 酸化チタン(Ⅳ) (=二酸化チタン(TiO2))。Tiは+4価が最も安定。
- スーパーオキサイドアニオン(O2–) 活性酸素の一つ。フリーラジカル(不対電子をもつ物質)のため反応性に富む。
- ヒドロキシラジカル(•OH) 活性酸素の一つ。名前通りフリーラジカルであり、活性酸素のなかで最も酸化力が強い。記号ビュレット(•)は不対電子を表す。
なぜ酸化チタンがO2–と•OHを生み出すのか?
これを説明するためにはまず半導体について説明しなければならない。金属酸化物は一般的に絶縁体であるが、半導体の性質をもつものも比較的多く酸化チタンもその一つであるためである。
半導体の性質
半導体は温度が上がると、電気伝導性が増すという性質がある。
量子力学によると、電子はエネルギー準位が飛び飛びの値をとるため、電子軌道も飛び飛びで存在する。しかし、価電子の場合、隣接する原子の影響でとりうるエネルギーに幅ができるため存在位置にも幅ができる。この価電子が存在する幅をもった範囲を価電子帯という。価電子に熱などのエネルギーを加えると、より高い位置にある伝導帯に励起(移動)し自由電子となる。電子が抜けた分、価電子帯には正孔が生じ正の荷電粒子としてふるまい、移動度は劣るが自由電子と同様に電気伝導性を生む。これが半導体に熱を与えると電気伝導性が増す原理である。ちなみに価電子帯と伝導帯のエネルギー差をバンドギャップEgといい、その値が大きいと絶縁体と呼ばれるが、半導体と絶縁体の明確な境界はない。
以上が半導体の説明であるが、酸化チタンは他の半導体とは少し違ったふるまいをするため光触媒という特殊な機能をもっている。半導体は紫外線などの光エネルギーを与えられると電子が励起し自由電子と正孔を生じる。通常は電子と正孔が打ち消しあい熱エネルギーに変わるだけだが、酸化チタンの場合、空気中の酸素と水に反応しスーパーオキサイドアニオンO2–とヒドロキシラジカル•OHを生み出す。酸素O2は電子により還元されO2–を生成し、水に含まれる水酸化物イオンOH-は酸化され•OHを生成する。これが酸化チタンが強力な酸化力を持つ物質を生み出す仕組みである。
用語
- 価電子 最外殻に存在する電子。
- 価電子帯 価電子が存在できる範囲。
- 伝導帯 自由電子が存在できる範囲。
- 正孔 正の荷電粒子としてふるまう、電子が不足した孔。
- 酸化 酸素を得ること。水素を失うこと。電子を失うこと。
- 還元 酸素を失うこと。水素を得ること。電子を得ること。
光触媒は消耗する?寿命は?
酸化チタンは触媒がゆえに自身は消耗しなく、寿命は半永久的である。詳しくはカルテックのHPをご覧いただきたい。
FAQ よくあるご質問|光触媒 除菌・脱臭デバイス/ターンド・ケイ[TURNED K]|カルテック株式会社
ナノ構造の 「抗菌の仕組み」
ナノ構造による抗菌は、一般的な化学的作用による抗菌剤と異なり、物理的作用で抗菌作用を示す。
無数の超微細突起(高さ数百nm)を林立させた物体表面に菌が触れると、細胞膜が破れ細胞内物質が漏洩し死滅する仕組みである。
これはセミやトンボの羽の表面ナノ構造の再現により得られた技術である。もともとセミやトンボの羽に菌が繁殖しにくく、超微細突起が林立していることから発見された。セミの場合、超微細突起は高さ約200nm、太さ約150nm、間隔約200nmで存在している。より抗菌効果の高い突起サイズや、より実用的な突起加工方法が研究されている。
また、一般的な抗菌剤よりも安全性が高いため、幅広い分野で使用可能だと思われる。